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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2272号 判決 1953年4月13日

第二二四〇号控訴人(債権者) 中本静 外四名

第二二七二号被控訴人(債権者) 上野光一 外六名

第二二四〇号被控訴人・第二二七二号控訴人(債務者) 富士精密工業株式会社

主文

原判決中債権者上野光一、同佐藤三和雄に関する部分を取消す。

東京地方裁判所が同庁昭和二十四年(ヨ)第三三一三号仮処分申請事件につき昭和二十六年六月三十日にした仮処分決定中債権者上野光一、同佐藤三和雄に関する部分はこれを取消す。

債権者上野光一、同佐藤三和雄の本件仮処分申請を却下する。

債権者中本静、同石橋浪治、同高田義盛、横山行雄、同斎藤トクの本件控訴を棄却する。

債務者の債権者森山弥三郎、同榎本三郎、同五十嵐郁夫、同中本ミヨ(旧姓小西)、同荒島敏子に対する本件控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を債権者中本静、同石橋浪治、同高田義盛、同横山行雄、同斎藤トク、同上野光一、同佐藤三和雄の負担とし、その余を債務者の負担とする。

この判決は第一ないし第三項に限り仮りに執行することができる。

事実

債権者中本静、同石橋浪治、同高田義盛、同横山行雄、同斎藤トク訴訟代理人は、昭和二十六年(ネ)第二二四〇号事件につき、原判決中右債権者らに関する部分を取消す、東京地方裁判所昭和二十四年(ヨ)第三三一三号仮処分申請事件について同裁判所が昭和二十五年六月三十日にした仮処分決定は同決定主文中債務者とあるのを債務者の前主富士産業株式会社と変更した上認可する、訴訟費用は第一、二審とも債務者の負担とするとの判決を求め、債権者上野光一、同佐藤三和雄、同森山弥三郎、同榎本三郎、同五十嵐郁夫、同中本ミヨ(旧姓小西、以下たんに小西とよぶ)同荒島敏子訴訟代理人は、昭和二十六年(ネ)第二二七二号事件について控訴棄却の判決を求め、債務者訴訟代理人は昭和二十六年(ネ)第二二四〇号事件について控訴棄却の判決、同第二二七二号事件について、原判決中債務者勝訴の部分を除きその余を取消す、東京地方裁判所の前同決定中債権者上野光一、同佐藤三和雄、同森山弥三郎、同榎本三郎、同五十嵐郁夫、同中本ミヨ、同荒島敏子に関する部分を取消す、右債権者らの本件仮処分申請を却下する、訴訟費用は第一、第二審とも右債権者らの連帯負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実の主張は原判決に事実として記載されたとおりであるから、ここにこれを引用する。

(疎明省略)

理由

第一、当事者間に争のない前提事実

富士産業株式会社は資本金五千万円の特別経理会社で全国に十七カ所の工場事業場を有し、約六千名の従業員を雇つてその事業の経営をしていたもので、その工場の一として東京都杉並区宿町八八番地に荻窪工場を有し、新山春雄を工場長として発動機、映写機、ミシン等の製造をしていたところ、企業再建整備計画にもとずき、昭和二十五年七月十三日第二会社の一として債務者富士精密工業株式会社が設立され、同会社が右荻窪工場の施設その他の権利義務を承継し従業員に対する雇傭関係もそのままこれを承継したこと、債権者らは別紙第一表「入社年月日」らん記載の日に右富士産業株式会社(以下会社という)に期間の定めなく雇われ、その荻窪工場において同表「職場職種」らん記載のとおり勤務してきたこと、債権者らがいずれも右工場の従業員をもつて組織されている日本労働組合総同盟金属労働組合同盟関東金属労働組合富士産業荻窪支部(以下組合という)の役員ないし組合員であつたこと、会社が昭和二十四年十一月五日附をもつて債権者らを含む一九八名の従業員に対し同月十二日限り解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争のないところである。

第二、債権者らには本件仮処分申請の正当の利益がないとの債務者の主張について。

債権者らは会社の右解雇の意思表示の無効を主張し、従業員たることの仮の地位の設定を求めるため本件仮処分の申請をするものであるが、これに対し債務者は、債権者らは会社が弁済のため供託した債権者らに対する解雇予告手当の還付を受け、その後昭和二十五年二月頃退職金の残額をも受領しているから、これによつて自ら解雇を承認したものというべきであつて、債権者らには本件仮処分命令の申請をする正当の利益がないと主張するが、この点の債務者の主張の理由のないことは原判決の理由のらん第二に示すとおりであるからここにこれを引用する。

第三、解雇は労働協約に違反するとの主張について。

債権者らは、会社と組合との間では昭和二十一年四月十八日存続期間の定めのない労働協約が結ばれており、その後この協約につき解約の申入もされておらず、また破毀の合意も成立していないので、現にこの協約は有効に存続しているのであるが、その中には「採用、解雇、人事任免は組合の承認の下に行うこと」という条項があるのに拘らず、会社は右解雇につき組合の承認を得ていないから、右解雇の意思表示は無効であると主張するけれども、この点に関する債権者らの主張の採用しがたいことは原判決の理由のらん第三に説明するところと同一であるから、ここに右記載を引用する。

第四、解雇は不当労働行為であるとの主張について。

債権者らは、会社が債権者らを解雇したのは、債権者らが組合の役員又は積極的分子として組合活動をしていたので、人員整理に名を借り債権者らを排除して組合の弱体化をはかろうとするにあるもので、右解雇は不当労働行為として無効であると主張し、債務者は会社は人員整理の必要があつたので自ら整理基準を定め債権者らがこれに該当したため解雇したものであつて、不当労働行為ではないと主張する。よつて以下これについて順次判断する。

一、会社における人員整理の必要性。

乙第二ないし第六号証、同第二十五号証、原審及び当審における証人上田茂人、原審における証人新山春雄の各証言、前記の各事実及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせ考えると、富士産業株式会社荻窪工場はもと中島飛行機株式会社の工場として航空発動機生産の治工具工場及び補機工場であつたが、昭和二十年八月終戦と同時に閉鎖され、次で富士産業株式会社が設立されてこれを引継ぎ、平和産業に転換して生産を再開したが、当時の財閥解体の政策に従つて全国十五工場の各々が独立採算制をとることとなり、荻窪工場においても作業、資材、販売、金融、人事にいたるまで独自の経営を行うこととなつたが、当初同工場では機関車の工具、漁船エンジン等を生産していたが、その後先ず漁船エンジンの売行が減少し、昭和二十三年にいたりいわゆる経済九原則、ドツヂライン等による経済界の変動を受け、有効需要の低下による売行不振、政府予算削減による運輸省関係の受註の消滅等により、経営は困難となり、多額の未払金及び借入金債務を生ずるにいたつたこと、同工場はこの間に処して企業の合理化を目的として生産様式も映写機、ミシン、デイーゼルエンジン等市場の受註生産制に切換える等種々の方策をとつたが、事態は好転するにいたらず、金融はひつぱくし、従業員の賃金支払も遅れがちとなり、将来の見通しがつかなくなつたので、昭和二十四年九月頃ついに経営規模を縮少して企業整備をする外なくなり、右映写機等の生産品目について、注文量、採算面、金融の限度の三点から検討して整備計画をたて、もつて工場の再建をはかることとし、これに必要な職種、工員、間接員を定め、その余の余剰人員を整理することとし、当時の従業員七四二名中二三〇名を整理の対象とし、結局一九八名を解雇することとなつたものであることを認めることができ、この事情によれば、右人員整理は企業の経営維持のため、必要やむを得ないものと認めるべきものである。債権者らは会社がかかる事態に立ち到つたのは、工場長はじめ会社幹部の無能のせいであると非難するけれども、これをもつて人員整理の必要そのものを争うことはできないものというべきである。

二、整理される者の選定方法、整理基準及び考課表

乙第四ないし第六号証、第九号証、第十号証の各号、第二十号証の一ないし二十一、第五十七号証の七、第六十八号証の各記載に前記各証人の証言をあわせ考えると、会社は前記のように人員整理の必要のため、その実施にあたり、昭和二十四年九月末頃整備計画によつて算出された余剰人員数を、整理後のあり方、配置転換等を考慮して各職場に割当てて確定するとともに、整理基準として(1)工場秩序を乱す者、(2)会社業務に協力せざる者、(3)職務怠慢なる者、(4)技能低位なる者、(5)事故欠勤多き者、(6)出勤常ならざる者、(7)病気による長期欠勤者、(8)配置転換困難なる者、(9)業務縮少のため適当の職なき者、(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者という十項目を定め、これに該当する従業員を必要員数だけ整理することとし、整理される者を右該当基準によつて人選するための資料とする目的で各課長各職場長をして、その前約半年ないし一年間の実績にもとずき、各課各職場毎に所属全従業員の考課表竝びにこれにもとずく序列を作成せしめたが、右考課表においては各従業員につき、(1)技能、(2)作業に対する努力、(3)勤怠、(4)業務に対する協力性、(5)職場における重要度、(6)応用力、(7)職場規律、(8)健康状態、(9)総評の九項目にわたり、普通を丙とし、甲乙丙丁戊による採点をし、その採点成績の上下に従つて各課各職場毎に序列の順位をつけさせたものであつて、この考課表と整理基準との関係は、例えば考課表の(1)技能は整理基準の(4)技能低位なる者かどうかに、また考課表の(2)作業に対する努力は整理基準の(3)職務怠慢なる者かどうかに関係するというように、考課表の考査項目における採点低位の者はいずれも整理基準の相当項目に該当する者とされ、従つて自然考課表における順位の序列低位の者から予定人数までが整理されることとなり、これによつて各員毎に整理基準該当の有無を検討し、該当者については考課表の備考欄に該当する整理基準の番号が附記されたこと、右考課表は一応各課長各職場長において作成された後、工場長を含めての各課長職場長の数回の協議により各職域について均衡をはかり必要な訂正を加えて最後的なもの(乙第二十号証の各号、いわゆる元考課表がこれである。これにもとずいてさらに整理者のみに関して調製されたものが乙第十号証の各号、いわゆる整理考課表である)が確定したこと、会社は右のように人員整理の実施方法を定めるとともに、これに対する従業員の協力方を求める意味で同年十月二十八日「工場再建の方途」と題する書面(乙第四号証)を発表し、これにおいて人員整理のやむを得ない事情を述べ、かつ右整理基準の内容を明示したのであるが、その際従業員に対する影響を考慮し、その与える刺戟を幾分でもやわらげる意味で、整理基準の順序番号を変更して(1)技術低位なる者(2)職務怠慢なる者(3)工場秩序を乱す者(4)会社業務に協力せざる者(5)ないし(10)は前記のとおりとして示し、会社は右基準に従つて厳正公平に人選の上整理を実施する旨を宣言したこと、債権者らについては別紙第二表のような内容の考課表が作成され、同記載のような低位の序列が附せられ、同記載のような整理基準にそれぞれ該当するものとされ、解雇に値するとされたものであることを一応認めることができる。

ところで右考課表(元考課表)を検するに、これには鉛筆書きの部分があり、また訂正加筆のあとがあることは明らかであるが、これは前記協議の際前記のような趣旨でなされたものであること前記疏明資料によつて明らかであるから、右鉛筆書き等の事実があることによつて直ちに右考課表の記載自体を信用し得ないものとすることはできない。しかしながらこの考査項目の記載は勤怠のような具体的な資料を示すものの外は、たんに例えば「技能丁」「作業に対する努力丙」というような抽象的な記載であることは一見明らかであり、これらの考査項目が結局整理基準の各項に形をかえて表現されるものであることは前示のとおりであるから、これは要するに各従業員が整理基準に該当する若しくはしないということを示すに過ぎないものというべく、換言すれば考課表は会社側の判断の結果を疏明するだけであつて、右判断の正当性が争われる限り(債権者らはそれを主張している)ひつきよう水かけ論である。会社側がかかる判断に到達した根拠たる具体的資料を見るのでなければ、右判断の当否は判定せられず、従つて整理基準該当の有無を判断することはできないことは多言をまたないところである。その意味で本件仮処分事件における一応の疏明としても、これのみに全幅の信をおくことはできない。右考課表が職場責任者の手になりかつその協議の結果成立したものであること、整理人員一九八名中債権者らを含む二二名を除いたその余の実に一七六名が右考課表によつて判断された該当基準による整理に異議をいわず、甘んじて会社の解雇を承認したことは、いずれも直ちに右考課表記載の判断の正当性を示すものとは解し難いところである。よつて進んで債権者らに右整理基準に該当する具体的事実があるかどうかについて判断しなければならない。

三、整理基準該当の具体的事実の有無。

(一)  工場秩序を乱す者との基準について。

会社において債権者らが該当すると主張する整理基準のうち債権者らの多くに共通する整理基準の該当項目に工場秩序を乱す者というものがあり、会社においては整理にあたつて特にこの項目を重視したことは本件弁論の全趣旨から明らかであるから、先ずもつてこれについて検討するに、当事者双方の疏明資料によつて示されるところによれば、この項目に該当する具体的事実としては(イ)昭和二十四年二月十一日職場デモ(ロ)同年六月十日国電スト応援のための職場放棄(ハ)ビラはり(ニ)同年七月三十日職場離脱(ホ)同年八月六日職場離脱(ヘ)同年八月八日職場離脱の六に集約されるものということができる。

(1) 各事実における債権者らの関与の有無及び程度。

(イ) 二月十一日職場デモ(債権者石橋、上野、森山、小西、荒島)。乙第十一号証の二、三、五、七、九、十一、第二十二号証の一ないし四、第二十四、二十七号証、第四十五号証の一ないし三、第五十七号証の一ないし三、第六十、六十二号証、甲第二十七、三十二、三十四、四十九、六十一、六十六、七十二、七十三、七十四、七十九、八十一号証の各記載に、前記証人上田茂人、新山春雄の各証言、原審における債権者石橋、小西、上野、及び訴外久保宗雄各尋問の結果をあわせると、昭和二十四年二月十一日午前八時始業後工作課第二職場において前日の委員会報告事項について職場大会が開かれたが、同職場における組合の職場委員でありかつ職制としてのブロツク長であつた債権者森山は、就業時間中に右職場大会を開くことの許可を小宮工作課次長に求めて一旦拒否され、来合せた上田製造部長から三〇分以内に職場大会を解散するよう申渡されたけれども、右第二職場においては右部長の命に拘らず、大会を続行し、その際同職場従業員山崎兼夫から「会社幹部と組合執行部にハツパをかけろ」「それにはデモがよい」との発言があつて大会は直ちにこれを議決し、組合執行部とは関係なく右第二職場従業員のほぼ全員をもつてデモに移り、職場担当者の制止を排して、スクラムを組み、歌を合唱して気勢を上げつつ、右第二職場から第一、第三、第四職場に順次進入したこと、右デモに対しては他の職場は全体としてはこれに合流せず、概して平静に業務に従事したこと、債権者森山は組合執行委員で専従者であつた債権者石橋、同小西とともに右デモ隊の先頭に立つたこと、債権者荒島は技術課検査係で第四職場にあつたが、職制より阻止されたに拘らず自己の責任において参加すると称してその職場をはなれて右デモの渦中に投じたこと、債権者上野は当時第三職場にあつたが、同職場でも同日職場大会が開かれたが直ちに命ぜられて一応解散した後、同人は右第二職場の山崎から第二職場はデモを決定したが第三職場もデモに加わるよう申入を受けたので、急ぎ職場委員と協議しようとしているところへ右デモ隊が進入して来たので、債権者上野は鐘を鳴らして同職場の全員を招集し、デモに参加するかどうかをはかつたが同職場はついにこれに参加せず上野もまたこれに参加するにいたらなかつたことを認定することができる。債権者森山が故意に三〇分以内に大会を解散せよとの命を大会に伝えなかつたとの疏明はなく、右森山、石橋、小西らが右デモを煽動したことを示す直接の疏明はない(乙第十一号証の二、三はたんなる結果の記載で事実認定の資料とするに足りない)。乙第五十七号証の二の記載中債権者上野が自ら右デモに参加したとの部分は、その内容伝聞であつて直ちに信用できない。その他右認定に反する疏明は採用しない。

(ロ) 国電スト応援のための職場放棄(債権者中本、石橋、横山、高田)

乙第十一号証の一、二、六、八、九、第二十二号証の一、四、五イ、第四十四号証、第五十七号証の三、第七十二号証、甲第二十七、二十九、五十九、六十七、七十、七十六、八十号証の各記載、前記証人上田、新山の各証言をあわせると、昭和二十四年六月十日国電ストに際し同日朝八時半頃工作課第四職場に属していた債権者中本、石橋、高田、横山は、組合の意向とは関係なく工場を早退してこれが応援に参加しようとし、横山を通じて村田職場長に対し国電スト応援のため早退出門の許可を求めたが同人より拒絶され、さらに同人の不在中同職場長附渡辺要に同様の許可を求めたが再び拒絶されたに拘らず、その不在中事務員山川トキと相図り同人がかねて保管していた村田の印を右債権者らの帰宅を理由とする出門票に押捺し、右債権者らはこれによつて早退出門の上帰宅の後国電スト応援に赴き、その退去にあたり横山は自己職場のゆかの上に「吾等日本共産党富士荻細胞は国電スト応援のため職場を放棄する」と白墨をもつて大書したことを認めることができる。右認定に反する疏明資料は採用しない。

(ハ) ビラはり(債権者石橋、上野、小西、荒島、横山)

乙第十一号証の一ないし三、七、八、十一、第二十二号証の四、第五十七号証の一、三、六の各記載によれば、昭和二十四年五月十三日入場時刻より早く午前七時十分頃、債権者石橋、横山、高田、上野らは工場内の掲示板以外の建物、壁等に日本共産党富士荻細胞名義の多数の宣伝ビラをはりつけ、右石橋、横山、高田に対し飯山総務課長から、本工場は賠償工場であり許可なくビラを所定の場所以外に貼付すべからざることを注意し禁止したのに拘らず、同月二十日頃債権者横山、荒島、五十嵐、上野、小西、石橋及び山川トキらは午前七時頃入場し右同様宣伝ビラを貼付したこと、また債権者横山、石橋、中本は同年七月十五日職場内の衝立にはられた細胞名義のビラを村田職場長がはがしたのに対しなぜはがしたかと同人に抗議したこと、その際同人から重ねて注意されたのに債権者石橋は同月二十六日、同年八月十一日、同八月十三日アカハタ及び細胞名義のビラを貼付し右村田の注意に従わないと言明していたことが認められる。

(ニ) 同年七月三十日職場離脱(債権者中本、上野、横山)

乙第十一号証の一、四、五、七、八、第二十二号証の一ないし四、第五十七号証の二、三の各記載によれば、同年七月三十日午前十時頃工作課第四職場において職場長が同日支払予定の給料支払が不能の旨を従業員に説明した後、この問題を討議するため職場長の許可を受けて職場大会が開かれ、全員で工場長又は工場幹部に交渉することが決議されたが、債権者中本、同横山は作業中職場長の許可なく職場をはなれ、従業員の先頭に立つて企画室に押しかけ、一方第三職場においては職場長の許可なく同様の問題につき職場大会が開かれ、右同様の決議がなされ、債権者上野及び訴外久保宗雄は従業員を誘導して工場長に面会すると称して職場を離脱し、工場長不在のため企画室に押しかけ、本館裏側入口附近で右第四職場のものと合流し、右債権者らは上田工作課長の全員職場に帰り新しい示達をきくようにとの指示に拘らず坐り込みを行い、給料支払方を交渉して職場を離脱したことを一応認めることができる。

(ホ) 同年八月六日職場離脱(債権者石橋、上野、横山)

乙第十一号証の二、四、五、七、八、九、第二十二号証の一ないし四、第五十七号証の二、三の各記載に前記証人上田の証言をあわせると、同年八月六日午前九時頃第四職場にあつた債権者石橋は村田職場長に対し前日の職場大会の決議により組合の職場委員とブロツク代表各二、三名とともに工場幹部に賃金支払に関して直接交渉に行くため職場を離脱することの許可を求めて拒否されると、組合から職場闘争の一環として認められていると称し、債権者横山及び訴外山川トキとともに代表者約二〇名とともに職場をはなれて本館に押しかけ、また第三職場においても同時刻頃債権者上野は久保とともに前同様職場大会の決議と称して各ブロツクの代表二名宛とともに職場長の許可なく職場を離脱し、途中上田工作課長にあうと、右石橋、横山は山川とともに同人を取り巻き質問があるなどと連呼して同人の行動を妨げたことを一応認めることができる。

(ヘ) 同年八月八日職場離脱(債権者石橋、上野、小西、荒島)

乙第十一号証の二ないし五、七、九、十一、第二十二号証の一ないし四、第五十六号証の一、二、第五十七号証の一ないし四の各記載によれば、同年八月八日午後二時頃債権者石橋、高田の妻ら三名が会社に来て「区役所へ配給の掛売交渉に会社も一緒になつて行つてもらいたい」と申出たのに対し、渡辺次長、池田営業部長が本館応接室でこれに応待したが、その際債権者石橋、小西、荒島、上野らは他の者とともに許可なく各自の職場をはなれ、右応接室に出入し大声をもつて右家族らに声援し、右渡辺、池田が室を去ろうとするのを妨げたことを認めることができ、右認定に反する疏明は採用しない。

(2) 債権者らの関与が右基準に該当するかどうかの判断。

(イ) 職場デモ。

前記のような就業時間中の職場内におけるデモが、デモの参加者にとつては職場離脱となり、他の者に対しては刺戟と動揺を与えるものであつて、それ自体職場の規律秩序を乱し、業務運営を阻害することはもちろんであり、殊にこのようなデモは時としてささいなきつかけから不測の重大事に発展するおそれなしとせず、本来極めて工場秩序に害ある行為であることは否定し得ないところである。しかしながら、ひるがえつて当時の事情を検討するに、前記疏明資料によれば、会社は昭和二十三年中から業績不振におち入り、同年暮頃からそろそろ賃金の遅払が始まりかけてたが、昭和二十四年一月にいたり会社は実際上の賃下げである従業員の保証給四、五〇〇円を主張し、これに対し組合側は七、五〇〇円の保証給を要求して会社側と交渉を継続し、当時各従業員ともその成行きに重大な関心を払つていたのであるが、右デモの前日二月十日には組合は拡大執行委員会を開き対策を協議したが、その際の決定にもとずき翌二月十一日には右委員会の報告をきくため本件第二職場をはじめ各職場にも職場大会が開かれ、その結果第二職場において右のようなデモが発生したものであることが明らかである。会社側では右デモは山崎兼夫を含めて債権者石橋、小西、森山、荒島、上野らの計画的煽動によつて起つたものであるとしている。右石橋、小西、森山らにこれを煽動したと認められる直接の疏明のないことは前示のとおりである(乙第十一号証の各号は当時の懲戒解雇に関する調書であるが、これによつても右デモの煽動者は石橋、小西であるとし、他の債権者についてはその旨の指摘がされず、右石橋、小西に関する部分もたんなる結果の記載でこれのみをもつて同人らに煽動の事実を認めるには足りない)もつとも右債権者らが共産党富士荻細胞のメンバーであることは弁論の全趣旨により明らかであつて、債権者石橋、小西、森山の三名がデモの先頭に立つたこと、職場を異にする債権者荒島が職制の阻止を排してこれに参加していることは事実であるが、これらの事実によつて直ちに同人らの煽動と認め得るかどうかは問題である。右デモ発生の経過は前示のとおりで、右決議の直後山崎は第三職場にいたり、職場委員債権者上野及び同訴外久保宗雄にその旨告げて助力方を求め、同人らが同職場の委員にこれを連絡せんとしたことは前示のとおりであるから、少くとも同人らの間に事前に連絡共謀の事実があつたとすることはつじつまがあわない。また石橋、小西の両名が右デモの場所に来合せたのは第二職場における決議の後である。従つて同人らが右大会において大衆をアジつて右決議にいたらせたものでないことも明白である。右デモの先頭に立つた債権者ら三人はいずれも専従者及び職場委員であることを考えれば、かようにして職場大会の決議に従うことはあり得るところであつて、このことから煽動指導の事実を引き出すことはできない。荒島の参加については、同人は第四職場配属の検査係として、当日第四職場にあつて、デモが同職場を通りかかつたときに、同職場の従業員吉崎光江とともにこれに参加したものと認められる。以上によつて見れば右第二職場のデモは会社側の賃金遅払及び保証給切下げの態度に対する従業員側の不満がこのような形で表現したものであつて、これはもとより組合の執行部の統制ある行為ではなかつたが、この後間もなく組合の右会社に対する要求は貫徹しているのであつて、当時他の職場がこれに加わつていないことからすればそれ自体行き過ぎであつたことを認めなければならないが、もともとその因をなすものは会社側の態度にあり、事情察すべきものがあるといわなければならないのみでなく、これに参加した債権者らの演じた役割は前記のとおりであるから、参加者全員の責任が問われる場合はかくべつ、然らざる限りこれを特に他の参加従業員と区別してその責任を重しとし、これをもつて工場秩序を乱す者との基準に該当させることは相当ではない。債権者上野の当時第三職場における行動が右基準に当るものとなし得ないことは多言をまたない。

(ロ) 国電スト応援のための職場放棄。

債権者中本、石橋、高田、横山が職場責任者の正当な許可を得ないで早退したものであるから、同人らは許可なく職場を離脱したものという外ない。債権者らがその退出に当り、債権者横山において、その職場のゆかの上に白墨をもつて「吾等日本共産党富士荻細胞は国電スト応援のため職場を放棄する」と大書したことは前認定のとおりで、このような表現が他の従業員に対し刺戟を与えることは明らかであるけれども、これをもつて他の従業員を煽動するものとなすには足らず、前記疏明資料によれば当時組合としては国電ストに対して組合員が個人参加することは望ましくないとの態度を持しており、債権者らが結束して他の従業員と別行動をとることがあり、組合執行部に対しても不信の態度を示すことが多く、かような関係が当時一般従業員に明らかであつたことをうかがい得られるところであり、これを考えれば右のような表現はたんに自己の行動を誇示する域を出ないと認めるべきものである。次に就業規則(乙第十二号証)によれば、早退は病気その他やむを得ない事由のあることを前提とするので、債権者らの右早退の理由がやむを得ないものといえるかどうかについても検討すると、甲第二十七、五十九、七十九号証によれば、右債権者らは国電ストの勝敗が直接民間企業の労働者に影響するからこれを応援すべきものとの政治的信念にもとずいて行動したというのであるが、会社においてはこのような債権者らの政治的信念からの職場離脱をしのばなければならない義務はなく、かかる行動に出るものは自己の責任においてこれをすべく、その不利益はみずから甘受しなければならないものというべきであるのみでなく、右国電ストそのものが直接債権者らの利害に関係あるものとは認められないから、右国電スト応援という目的は職場を離脱する正当の理由とすることはできないのである。これは個人の政治的自由とは関係のない問題である。もつとも甲第二十七、四十一、四十二、五十、五十五、六十六、六十七、七十九号証によれば、当時会社においては七、五〇〇円の保証給は四、五〇〇円の固定給に切下げられ、しかも賃金遅払及び分割払の度はさらに進み、例えば昭和二十四年四月分平均手取支払額四、〇〇〇円は五月四日五〇〇円、五月十四日一、一〇〇円、五月二十一日一、〇〇〇円、五月二十八日一、〇〇〇円、五月三十一日四〇〇円の五回に分割して支払われ、同年五月分の平均手取支払額五、〇〇〇円は六月四日三〇〇円、六月九日一、〇〇〇円、六月十一日五〇〇円、六月十八日一、〇〇〇円、六月二十五日一、〇〇〇円、六月三十日一、二〇〇円というふうに六回に分割して支払われている状況で、ために労働者は内職をしたり、借金をしたりしてその生活を維持しなければならず、自然、会社を休んだり任意退職したりする者がふえ、昭和二十四年五月の一日あたり平均の休暇者及び欠勤者数は六二名で出勤者の七・五%、退職者は二〇名、同年六月の一日あたり平均の休暇者及び欠勤者数は九一名で出勤者の一一・四%、退職者は三一名というありさまであつたことを認め得られるが、これらの事情はまだ、特に一般に工場秩序が乱れており就業規則その他職場規律は有名無実であつたという程のものとは認め難く、かえつて乙第五十七号証の一、第五十九、六十号証に前示証人上田の証言をあわせれば、会社は昭和二十四年四月頃以来しばしばその内情を訴えた経済白書を発表し、再建案をたて、生産向上をはかるため組合と経営協議会を開き協議の結果、組合の立場としても、賃金遅払――欠勤増加――生産減退――賃金遅払という悪循還を断ち切るため、いわゆる生産闘争の旗印をかかげ、欠勤をいましめ休暇の自粛を申合せ、各職場ともこの線を守るよう努力していたものであつて、一般的に規律がゆるんでいたとはいえないことが明らかであるから、職場責任者の許可なく勝手に職場をはなれて帰宅することが、それ自体工場秩序を乱すものであることは明らかである。また就業後四時間以内の早退は欠勤とされることは右就業規則の定めるところであるが、債権者らの行為は実質的に事故欠勤と同視することを得るであろうか。もとより労働者は強制労働を強いられることはなく、その就労は自己の任意に出たものでなければならないが、いつたん労働契約によつて労務の提供を承諾した以上、故なくこれを怠るときは不利益を受けることはやむを得ないことである。殊に日々一定の作業計画に従つて労働者の労力を組織的に運用している企業活動において、労働者がほしいままにその労務の提供をしないときは、右計画に支障を生じ、全体の作業の運営が害されることはみやすいところである。従つてかかる就労の不履行としての欠勤は、病気その他やむを得ない事由による場合の外は、事故欠勤としても許されないものと解すべきである。もし労働者が故なく就労を拒み職場を離脱するならば、その者はたんにそれに見合う自己の賃金を失うのみではなく、工場秩序を乱す者としてその責任を問われることのあるのはやむを得ないところであつて、決してたんなる事故欠勤と同一視することを得ないのである。右債権者らの行動が公然就業規則を軽視しかつこれを就業中の多数従業員に誇示し、工場秩序の上に多大の影響を与えるものであることは否定し得ないものというべく、これをもつて工場秩序を乱す者とされてもやむを得ないところであり、従つて債権者らをその右行動によつて工場秩序を乱す者との整理基準に該当せしめたことを不当とすることはできない。

(ハ) ビラはり。

職場内の、貼付を禁ぜられた個所に禁を犯してビラをはることが、職場規律を乱すものであることは否定し得ないが、ビラはりビラまきは労働者の運動の最も通常の方法の一つであつて、これが職場規律の違反になるかどうかは、そのなされた場所、その際の状況、回数、ビラの内容、この種行為に対する会社側の態度等を考慮して判断しなければならない。五月十三日のビラはり当時は特に会社の事前の注意が徹底していたとは思えないから、この一回の行為をもつて直ちに工場秩序を乱すものとするのは相当でないが、同日の行為について総務課長から注意があつたのに、その数日後の五月二十日に再び同様のビラはりをするのは不当というべきである。しかし債権者のうち上野、小西、荒島らについては右課長の注意が徹底していたかどうか明らかでなく、同人らが富士荻細胞のメンバーで、はつたビラが細胞名義であるからといつて、前回横山らに対してされた会社側の注意が当然同人らに及んでいるとすべき理由はない。またそのビラはりの度数も明確でなく、当時賃金の遅払が相当進んでいたことを考えると当時の労使関係においてかかるビラはりそのものが、他の規則違反と独立に特にとりあげられる程の工場秩序違反と考えられていたかどうかは疑問であるのみでなく、そのビラの内容もおおむね言論の自由の範囲内に属するものと解されるところであり、会社側は当初債権者高田、五十嵐についてはこのビラはりを解雇事由にあげていない事情をあわせ考えると、債権者横山、石橋はともかく、その余の債権者らの行為は特に工場秩序を乱すものとの基準には該当しないものと解すべきである。債権者中本については、同人が右ビラはりになんらかの関係があることを推測し得るけれども、直接これをしたことは認め難いから、同人についてもこれに右基準を該当せしめることはできない。しかし債権者石橋、横山の両名については、特に同人らに対する会社側の直接の注意を無視しておりかつこれを繰返していた点において、他の債権者と異なるものがあり、工場秩序を乱した者とされてもやむを得ないところである。

(ニ) 七月三十日職場離脱。

債権者中本、横山、上野らが他の第三職場及び第四職場の多数の従業員とともに許可なく職場をはなれることは職場離脱として職場規律を乱すものという外はないが、前記疏明資料に甲第五十、五十二、八十一号証、原審における債権者上野、中本及び訴外久保宗雄各尋問の結果をあわせ考えると、当時会社の賃金の遅配はますます甚しく、昭和二十四年五月から八月頃はとりわけはげしくなり、同年六月分平均支給額四、五〇〇円は同年七月九日一、〇〇〇円、七月十五日一、五〇〇円、七月二十六日二、〇〇〇円と三回に分れて支払われ、七月分の四、八〇〇円の賃金は七月三十日その内金一、五〇〇円が支払われることに約束されていたところ、同日は土曜日で従前も約束の期日に必ずしも支払われない状況にあつたので、第三、第四職場の従業員らが各職場長に果して同日支払があるかどうかをたしかめたところ「金の都合ができないから今日は支払えない、来週になる」との話であつたので、この日の支払をあてにしていた従業員らは甚しい失望と不安におちいつて動揺を起し、会社に対する非難の声が高まつたこと、これに対し会社は組合を通じて適当な施策を示すこともなく、組合執行部も組合員を納得安心させるような特別の措置をとり得なかつたことが認められ、このような事情の下で従業員が自ら賃金支払の確保を求めんとするのは無理からぬところで、そのため職場大会を開き工場幹部との交渉を決議し、その行動を起すこともやむを得ないといわなければならない。会社が自ら賃金の支払を遅怠しながら、そのことに基因する従業員の右のような行動をとらえ職場規律違反として解雇の事由とすることは公平の観念に反する。もとより会社においてもこの賃金遅払を解消するために種々苦心したであろうことは推察し得るが、従業員に対して、ただ会社を信じてだまつて働けというのは、むしろ難きを強いるものというべきである。右の行動は直接組合執行部の決定にもとずくものではなく、それとは別個のものであつても、労働者は自己の賃金支払の交渉に必ずしも組合の組織を通じてだけ行動しなければならないことはないのであつて、会社側がこれを分派行動として不当視することは理由がない。債権者中本、横山、上野らが右行動において先頭に立ち幹部との交渉にあたつているのは、同人らがこれについ積極的でありかつ職場委員たる地位にあつたためというべく、前記の行動自体が不問に付されるべきものである以上、特に右債権者らを他の従業員と区別してその責任を問うことはできない。同人らをこの点で工場秩序を乱す者とするのは失当である。

(ホ)(ヘ) 八月六日及び八月八日職場離脱。

前記疏明に甲第二十七、五十三、七十五、七十九、八十一号証の各記載をあわせれば、当時会社の賃金遅払はその極に達し、従業員はもちろんその家族の者も予定がつかず日々困却していた際であつて、会社側がこれを納得させるに十分な措置をとり得なかつたことが認められ、かかる事情の下において従業員が職場大会を開き工場幹部との交渉を決議したり、その家族が会社に陳情におしかけるということがあるのはやむを得ないものという外なく、かような場合前記のように職場委員たる債権者石橋、上野、横山らが各ブロツクからの代表者らと決議に従つて職場をはなれ交渉に赴いたり、また職場をはなれて家族のため交渉の便をはかるのは無理もないところとしなければならない。債権者小西、荒島は当時職場委員ではなかつたが、従来執行委員又は婦人部役員として組合活動をして来た婦人であつて、家族の交渉に一段の関心を寄せることは察せられるところであつて、これをとらえて他の職場委員たる債権者らと区別すべき実質上の理由はない。当時の債権者らの行動が組合の組織的統制にもとずくものではないけれども、そのことの故にその責任を問うことは許されず、会社が自ら賃金を遅払しながら、それに基因する相手方の行動について非難することの妥当でないこと、すべて右(二)の場合と同様である。債権者らの右行動がいわゆる細胞活動であつても、そのことの故に当然に不当となるものではない。また右八月八日の家族の交渉にあたり、あらかじめ社宅をまわつて従業員の家族を煽動した者があるとの疏明(乙第五十七号証の四)は、それが右債権者らであるとする資料としがたいのみではなく、賃金の遅払にあえぐ家族が会社に陳情すること自体が不当であるとする根拠を見出し得ない。なおその交渉にあたつて、債権者らに執拗に過ぎたきらいがないでもないが、これとても当時の急迫した賃金遅払の情況下に何とかして会社幹部から明確な保証を得たいとする心情のあらわれと見るべく、特に悪意をもつてその業務妨害をしたものとするには当らない。この点の右債権者らの行為をもつて工場秩序を乱すものとの基準に該当させることを得ないというべきである。

(二)  その余の整理基準について。

右工場秩序を乱す者との整理基準以外の基準について各債権者毎にその該当の事実の有無を検討する。

(1) 債権者中本静。

債権者中本の該当基準とされるもののうち、先ず(3)職務怠慢なる者(4)技能低位なる者について判断するに乙第九号証、第十号証の一、第十九号証の五(この成立事情につき乙第四十一号証)第二十号証の十九、第二十二号証の一、四、五のイ、第五十七号証の三、第五十九号証に甲第十、二十六、七十号証、第八十二号証の六(この成立事情につき第六十八号証)に前認定の事実を考え合せると、右中本は工作課第四職場の仕上組立工で技能級は二級、職制としてはブロツク長であり、その組合関係は昭和二十四年八月組合長になる迄本件考査の対象期間内は職場委員(組合員二十名につき原則として一名の割で選出)であつたところ、今回の整理により同職場の仕上組立工五六名中九名が他の職場に転換し、八名が整理されることとなつたこと、中本の作業能率を他と比較すると、昭和二十四年七月から三カ月間急速に生産された輸出用チヤフカツターの生産において、技能級二級で職場委員でありかつブロツク長で食堂委員をもかねていた仕上組立工阿部盛二が日産九〇ないし一〇〇枚、二級の仕上組立工戸井田、薬袋らが日産約一〇〇枚、それより低級者の仕上組立工渡辺光晴(三級者)や同村山松芳が日産一〇〇枚ないし一三〇枚であつたのに対し、中本は五〇ないし六〇枚であつたこと、同人が専従者でなかつた同年七月中の努力点(毎月各人の仕事に払つた努力程度を職場長、班長の合議によつて採点した点数。これに比例して給与の一部である生産報奨金が増減する)は一級の仕上組立工でブロツク長であつた高瀬要助は八二〇点、同様の山口三太郎は八四〇点、前記阿部盛二は八三〇点であつたのに対し、中本は七一〇点であつたことを認めることができる(右の程度以上に右債権者に不利な事実は認め難い)。右第四職場においては結果において考課表における序列第一三二位以下の三八名が整理されることになつたのであるが、同表中債権者中本と比較された山口は六位、高瀬は一六位、阿部は一七位、渡辺は二〇位、薬袋は三一位、戸井田は三五位、村山は四九位であるから、中本が同人らより作業能率や努力の程度が低位であることは明らかであるとしても、他の残留者、少くともその仕上組立工中最下位残留者との比較をするのでなければ、右中本が他の残留者より低位であるとすることの事情は遂に疏明されないものといわなければならない。会社側では中本は仕上組立工でブロツク長であるから同人を同様の仕上組立工でブロツク長である残留者と比較すれば十分であろうというであろうが、ブロツク長は会社の職制の一種であつても作業の内容は工員と同様であり、工員の中からおおむね成績のすぐれた指導的な人物を会社において択ぶものであることは推察に難くないところであるから、昇進制度の下における地位とは解せられず、ブロツク長として他のブロツク長に比して成績が劣りその資格に欠けるとすればブロツク長たることをやめさせればよいのであつて、他の一般工員よりその実体において上位であつても、ブロツク長としては低位にあるとの故をもつて整理基準技能低位に該当するとするは失当である。また技能の評価についても、考課表は債権者中本を丙としており、丙は普通であること前記のとおりであるのみでなく、残留者中に多数右と同様の成績のものがあるから、考課表自体からも中本が他の残留者に比して技能低位であるとはなし難いといわなければならぬ。すなわち中本が職務怠慢、技能低位として他の残留者より後順位にあつて、この点で右の整理基準に該当するとすることはできないところである。

次に同人はさらに(8)配置転換困難なる者(9)業務縮少のため適当の職なき者(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者との基準に該当するとされている、これらの基準のうち右(8)及び(9)の基準は、他の理由から一定の職種職場に止まり得ない者すなわち余剰人員があることを前提とし、その者に対する基準であることは明らかで、一定の職種職場が全体として廃止されるという場合には、これだけで独立した整理基準となるものであるが、そうでない限りはそれ自体独立した内容をもつものとはいえず、前記のような(1)ないし(7)の整理基準に具体的に該当することの故に一定の職種職場から余剰人員として排除される者について設けられた第二次的な整理基準であり、いいかえれば右(1)ないし(7)に該当する者についても右(8)又は(9)に該当しない限りは整理されないこととなるのであるが、一般的な縮少整理の場合には(1)ないし(7)に該当しながら(8)又は(9)には該当しないとすることは例外に属するから、右(1)ないし(7)に該当する者は、自ら(8)又は(9)該当でないことを明らかにするのでなければ当然整理されるものというべきである。また右(10)の基準は第一次的に(1)ないし(7)の基準に該当し、さらに第二次的に(8)(9)の基準に該当する者に対する綜合的判断の指標となるものであるが、なお右(1)ないし(7)には直接該当しないがその他のこれに匹敵するような事由により、もしくは個々の行為としては(1)ないし(7)までの水準には達しないがそれらが競合することにより、補充的に全体として事業の経営効率に寄与する程度の低い者といい得るときは、右(10)の基準によつて整理されるものというべきである。右債権者中本については、前記工場秩序を乱す者との基準以外には、職務怠慢技能低位の点では余剰人員と決し難いこと前示のとおりであり、同人がブロツク長であることもなんらこの基準に該当すべき理由とならず、ブロツク長を平工におとすことは慣例がない若しくは困難であるとの一事はブロツク長なるが故に整理の対象となるという不合理を解消せしめるものではなく、その他以上にあげた以外の事由で補充的な意味で右(10)の基準にあたる事由のあることはなんら債務者の疏明しないところである。仕上組立工八名を整理する必要があつたとの事実は債権者中本が整理されなければならないことの理由となるものではない。しかしながら同人がすでに工場秩序を乱す者との基準に該当することによりその職場の余剰人員たること前記のとおりであるから、特に他の職種職場の残留者より債権者が優秀であることの明らかとならない限り(その疏明責任は債権者にある)この点で、右(8)(9)従つて(10)の各基準に該当することは致し方のないところである。

(2) 債権者石橋浪治。

債権者石橋の該当基準とされるもののうち、先ず(2)会社業務に協力せざる者について検討するに、乙第九号証、十号証の二、第十九号証の五(この成立事情につき乙第四十一号証)第二十号証の十七、第二十二号証の一、四、第五十七号証の三、甲第十一、二十七、三十七、五十、五十三、七十九号証、第八十二号証の六(この成立事情につき乙第六十八号証)をあわせると、右石橋は第四職場のタレツト工で組合関係としては昭和二十三年十一月から常任執行委員、昭和二十四年五月から八月までは職場委員であり、同年八月副組合長に選任された者で、なお外部においては民生委員をしていた者であるが、今回の整理では同職場のタレツト工一四名中四名が整理されることになつたところ、同人の技能は二級でそれに相当する実力はあつたが、他の技能の低い練木、奈良越、四村らよりも作業能率が劣り、昭和二十四年七月中同職場のタレツト工小川四郎(二級)の獲得分数(各人の作業した仕事の量であつて、一定の仕事に要する時間を分であらわし、それの総量)一〇、七四九分、能率(各人が欠勤その他で作業に従事し得なかつた時間を差引いた実働時間で獲得分数を割つたものをパーセントであらわしたもの)一五三%、練木龍二(三級)の獲得分数一三、二六〇分、能率一八〇%であるのに、石橋のそれは四、五二七分、八五%であり、この能率の算定には同人が前記各組合活動及び民生委員としての所要時間を差引いた実働時間を基礎としたものと認められるので、同人がこれらの地位にあることを考慮しても、右比較された者らより能率が劣り熱心の度合が低く、従つてこの観点からこれらの者に比べてより会社業務に協力しない者ということを免れないけれども、前記の如く同職場においては結果として序列一三二位、以下三八名が整理されることになつたところ、右小川は五五位練木は五七位であり、また西村は七四位、奈良越は七五位であるから、少くともタレツト工中最下位残留者との比較をするのでなければ、このことから他の残留者より低位にあるということを認め難いこと債権者中本の場合と同一である。考課表の「業務に対する協力性」は丁とあるけれども、作業に対する努力は丙とあるところからすればこの点から直ちに会社業務に協力しない者とすることも相当ではない。

次に同人はさらに(8)配置転換困難なる者(9)業務縮少のため適当の職なき者(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者との基準に該当するとされているのであるが、前記工場秩序を乱す者との基準を除いては、余剰人員たるものとすべき事由のあることは認め難く、その他に補充的な意味でこれにあたる事由のあることも、特に指摘し得ないところである。タレツト工一四名中四名を整理するということがなんら債権者石橋を整理すべき直接の理由とならぬことも前と同様である。しかし工場秩序を乱す者との基準に該当することにより(8)(9)及び(10)の各基準にも該当することは右中本の場合と同じである。

(3) 債権者高田義盛。

債権者高田の該当基準とされるところのうち(2)会社業務に協力せざる者(8)職務怠慢なる者(4)技能低位なる者について検討するに、乙第九号証、第十号証の八、第十九号証の五、(この成立事情につき乙第四十一号証)第二十号証の十六、第二十二号証の一、四、第五十七号証の三、甲第十二、二十八、六十二、八十号証第八十二号証の六(この成立事情につき乙第六十八号証)をあわせると、同人は第四職場のフライス工で今回の整理で同職場のフライス工二一名中六名が整理されることになつたところ、同人の技能は四級で十年勤続の工員としては低級であるのみでなく、作業能率は同級の高宮行雄、伊藤尹人、兼原甲子雄らより劣り、また旋盤のチャック用生爪の工作を工員と同時に同数やらせた時、他の者は二日半位でできたのに本人は一週間かかり、報奨金の努力点はいつも平均以下であつたことを認めることができるから、同人は技能は比較的低位でこれらの他の工員より作業能率が劣ることは明らかであるが、同職場の整理者は一三二位以下で、右高宮はその序列二九位、伊藤は五三位、兼原は八四位であるから、同人らとの比較によつては他の残留者より高田が低位にあることの疏明にはならないこと前同様である。考課表には同人の技能は丁とあるが、残留者中にも丁のもの多数あり、この点からも決定し得ない。また昭和二十四年四月から九月までの間に事故欠勤が二〇日もあることからすれば、会社業務に協力しない者もしくは職務怠慢な者といえないこともないようであるが、前記のとおりこの期間における会社における賃金の遅払の下でこれを取上げることは酷であり、かつ会社が独立の整理基準として「事故欠勤多き者」というのを設けながら、高田につきその該当をあげていないことからすれば、この事故欠勤二〇日の故をもつて職務怠慢若しくは会社業務に協力しない者とするのは公正でないといわなければならない。債権者高田を右三基準に該当させることはできない。

次に同人の該当基準とされる(9)業務縮少のため適当の職なき者及び(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者との点については、同人が前記工場秩序の点以外にそれ自体余剰人員たるべきことは認め難く、その他の補充的な事実は明らかでない。同職場でフライス工六名を整理する必要のあつたことはなんら債権者高田をこれに該当せしめる理由にならないこと前同様である。しかしながら右工場秩序を乱す者との基準に該当することから、自然(9)(10)の基準にも該当することは右中本と同様である。

(4) 債権者横山行雄。

債権者横山の該当基準とされるもののうち(2)会社業務に協力せざる者(3)職務怠慢なる者(4)技能低位なる者について検討すると、乙第九号証、第十号証の十一、第十九号証の五(この成立事情につき乙第四十一号証)第二十号証の十八、第二十二号証の一、四、第五十七号証の三、第五十九号証、甲第十三、二十九、四十、六十七号証、第八十二号証の六(この成立事情につき乙第六十八号証)をあわせると、同人は第四職場のタレツト工で技能級三級であつたが、タレツト工一四名中四名が整理されることとなつたところ、昭和二十四年七月中の同職場のタレツト工との比較において、同じく技能三級の片野正秋の獲得分数九、四六九分能率一四五%、同級の奈良越健吉は獲得分数六、七一〇分、能率一一二%、技能四級の西村庄太郎は獲得分数四、五五〇分、能率八八%、同じく四級の山本雅己は獲得分数七、八八〇分、能率一三二%、技能五級で職種転換者の星野梅太郎は獲得分数三、七九〇分、能率八三%であるのに対し、債権者横山は獲得分数二、二六二分、能率は四九%であつて、この能率は同人が職場委員等による組合活動の時間及び休暇の時間を除外して算出されているものと認められるから、同人の作業能率は右各人に比して低位たることは争えないが、同職場の整理者は序列一三二位以下の者であるのに、右比較に供された片野は六八位、奈良越は七五位西村は七四位、山本は七二位、星野は七八位であるから、これらの者との比較によつては債権者横山が他の残留者より低位にあることを認めるに足らないこと前同様である。

次に同人に対しては(8)配置転換困難なる者(9)業務縮少のため適当の職なき者(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者との基準も該当するとされているけれども、前記工場秩序の問題を除外しては将に同人が余剰人員たるべき具体的事実は認められず、その他の補充的な事由はなんら債務者の疏明しないところである。タレツト工四名が整理さるべきものとの事実はなんら右債権者が基準に該当することを理由付けるものでないこと前と同様である。しかしながら工場秩序を乱す者との基準に該当することから、自然右(8)(9)(10)の各基準にも該当すべきこととなるのは右中本の場合と同様である。

(5) 債権者上野光一。

債権者上野に対する該当基準とされるもののうち先ず(2)会社業務に協力せざる者(3)職務怠慢なる者について検討すると、乙第九号証、第十号証の十、第二十号証の十三、第二十二号証の二、四、五のイ、ロ、ハ、第五十三号証、第五十七号証の二、甲第十五、二十五、三十八、八十一号証をあわせると、同人は工作課第三職場の旋盤バツキング工で、組合関係としてはその頃職場委員であつたが、右第三職場は総員九一名で、職場長一、班長一、旋盤工三九、フライス工一四、研磨工二三、運搬工二、仕上組立工一〇、事務員一からなり、金属切削用刄具の生産を主たる作業としていたところ、再建計画にもとずき製品の転換を必要とするにいたり(何に転換したかは明らかでない)刄具の生産は社内用工具のもののみに止めることとなつたため旋盤工中一〇名、ミーリング工一名、研磨工中九名、仕上組立工中一名、運搬工中一名、事務員一名を整理すべきこととなつたのであるが、旋盤作業中バツキングは刄具生産にのみ必要な作業で、社内用刄具の製作についてはバツキング作業の量はブロツク長大塚秀夫及び工員山本稔の両名で十分となつたところ、債権者上野は技能三級で同じ三級の右山本稔にくらべると、昭和二十四年七、八、九の三ケ月分の山本の獲得分数がそれぞれ一三、〇七四分、一二、六九〇分、一五、七五八分であるのに、上野のそれは五、六九〇分、七五九〇分、四、八二〇分であり、山本のそれに対する上野の作業量はそれぞれ四四%、六〇%、三一%であることが明らかである。債権者上野はその獲得分数の少いことを職場委員としての組合運動のせいにしているが、右調査期間中債権者は専従者ではなかつたのであるから、会社に対し本来これを理由とすることはできないわけであり、職場委員はすべて獲得分数が少いともいえないのであるから、この事情は債権者の右分数が少いことを正当化するものではなく、その他右獲得分数の算定が特に同人についてのみ不当に低くされていることを認めるべき特段の事情は認め難い。しからば右企業整備を前提とする本件において、債権者上野がバツキング担当の旋盤工としては右職場に止まり得ないことは明らかである。しかして旋盤工中残留者と上野の成績を比較すると、残留者中最下位にある小林和雄は技能五級であるが、その責任分数に対する獲得分数の率は前同期間中一〇四%であり、その余の残留者の率は少くとも一二〇%、その余はすべてこれを上廻つてるのに、債権者上野のそれは九二%で責任水準に達していないことを認め得るところであり、右債任分数の決定が特にでたらめであることを認めるべき具体的事実は見出し得ない。右認定に反する疏明は採用しない。しからば右債権者は結局この点において会社業務に協力せざる者、職務怠慢の者として同職場の旋盤工中の残留者のなんぴとよりも劣るものと認められても仕方がないから、同人が右基準に該当し、同職場においてバツキング以外の旋盤工としても余剰人員とされることはやむを得ないところである。

次に同人が(9)業務縮少のため適当の職なき者(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者との基準に該当するかどうかについて検討すると、すでに同人が第三職場の余剰人員とされるところ、第三職場の職種もそれぞれ整理されること前認定のとおりであり、他の職場職種にもそれぞれ所定人員が割当てられて整理されるべき本件においては、右上野がバツキングの外ターレツト、ミーリング、セーバー等の機械作業ネジフライ作業仕上作業等に経験技術があるとしても、同人の転換の可能な右各部門における残留者より同人が優位にあるとの事情が明らかとされない以上、右(9)の基準に該当する者とされることは致し方なく、従つて以上の各該当が認められる以上(10)右の基準に該当することはおのずから明らかである。

(6) 債権者佐藤三和雄。

債権者佐藤に対する該当基準とされるもののうち、先ず(3)職務怠慢なる者に該当するかどうかについて検討すると、乙第九号証、第十号証の十四、第十九号証の三(この成立事情につき乙第四十一号証)第二十号証の九、第二十二号証の二、四、第五十二、六十三号証、甲第十六、二十四、六十三号証に原審における債権者佐藤本人尋問に結果をあわせると、同人は技能一級の研磨工で昭和二十三年頃から工作課第三職場に属し、社内工具の刄研として器具庫内備付の機械によつてひとりこれに当つていたが、同職場においては前記のように研磨工二三名中九名(職場全体としては二三名)が整理されることとなつたが、同人は工具の刄研につき再研磨を依頼されることが多く、同職場研磨工の作業能率の比較において、残留者の最下位者増田元彦は五級であるが昭和二十四年七、八、九の三カ月間の獲得分数の責任分数に対する割合は一二一%で、他の残留者はいずれもこれを上廻つているに対し、債権者佐藤のそれは八九%であつたから、その作業能率、努力において残留者のいずれよりも劣つていたものと認めるの外なく、この点から同人が職務怠慢なる者との基準に該当するとされることはやむを得ないところである。同人が旧中島時代には技手補として工員の技術指導をしたことがあること、会社になつてからも新入工員の技術試験官をやつたことがあるということは、なんら同人の職務怠慢であることをくつがえすべき理由にならない。

次に同人につき(8)配置転換困難なる者(9)業務縮少のため適当の職なき者(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者との基準が該当するかどうかは、すでに同人が前段の理由で余剰人員たるべき者であり、他の職種職場にも人員整理がある以上、その部門の残留者に比して右債権者が特に優秀であることが明らかとされない本件では、右(8)(9)につきこれを積極に解すべく、従つて以上の各基準該当の認められる以上右(10)の基準に該当することがおのずから明かなこと、右債権者上野の場合と同様である。

(7) 債権者森山弥三郎。

債権者森山に対する該当基準とされるもののうち、先ず(2)会社業務に協力せざるものとの点につき検討するに、乙第九号証、第十号証の六、第二十号証の七、第二十二号証の三、五イ、第五十七号証の一、第六十二号証、甲第二十一、三十四、六十一号証の各記載をあわせると、同人は工作課第二職場のフライス工でブロツク長であり、組合関係は職場委員で昭和二十四年八月からは執行委員となつたものであるが、同職場のフライス工は三名、工場全体でフライス工一二名を整理すべきこととなつたことは認められるが、その他前記工場秩序を乱す者として考察したもの以外に、特に同人が会社業務に協力しないとの格別の事情は認め得ない。右乙第二十二号証の三、第五十七号証の一は同人をこの基準に該当せしめる事実として、昭和二十四年四月頃から会社の注意もきかないでブロツク員山崎と共謀して職場内に製図板を持出し「アカハタ」やビラなどをはつたことを指摘しているが、すでに見たように、会社側は工場秩序を乱す者との基準を設け、それにはビラはりも該当事実の一として主張しておりながら、債権者森山については前記二月十一日の職場デモ以外はこれを工場秩序の問題とせず、特に会社業務に協力しない者たることの資料として取上げるのは理解し難いところであつて、これと右職場デモ以外には会社としてもほとんど何らの非難すべき点を指摘し得ず、かえつて同人が旧中島時代以来の古参工員で熟練工としてブロツク長の任にあり、その間いろいろと会社業務に協力してきた実績に照すと、右ビラはり程度の行為をもつて特に会社業務に協力しない者とすることは相当でない。

次に同人について(8)配置転換困難なる者(9)業務縮少のため適当の職なき者(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者との基準の当否においても、すでに同人がその職場の余剰人員たるべき特段の事由はなく前認定のような同人についての各事実を綜合しても特に同人が他の残留者より事業の経営効率に寄与しないものと認めるべきではなく、その他補充的な意味でも格別の事情のない本件では、同人が右各基準に当らないことは明らかである。フライス工減員の必要、同人がブロツク長であること等はなんらこれらの基準該当とするに足りないこと前と同様である。

(8) 債権者榎本三郎。

債権者榎本に対する該当基準とされるもののうち(2)会社業務に協力せざる者(3)職務怠慢なる者につき検討するに、乙第九号証、第十号証の五、第二十号証の四、第二十二号証の三、四、五のニ、第五十七号証の一第六十二、六十三号証、甲第十九、三十二、五十四、六十九号証をあわせると、同人は工作課第一職場所属の旋盤工で技能級は二級、組合関係としては職場委員、昭和二十四年八月からは常任執行委員となつたものであるが、今回の整理において同職場は一四名の整理人員を出すこととなり、そのうち旋盤工は四名整理されることとなつたところ、同人は昭和二十四年五月から七月までの間に一年を通じて一四日支給される有給休暇を全部費消した上欠勤が十一日あること、同人の作業の責任分数は七、〇〇〇分であるが過去の実績は平均して大体その七〇ないし八〇%であり、同職場で榎本と同じく二級の技能者で職場委員をしており同様七、〇〇〇分の責任分数をもつ那須房之助、丸山三之助、林田重雄の獲得分数(何時のものかは明らかでない)はいずれも約一〇、〇〇〇分であるのに、右債権者のそれは約五、五〇〇分であつたこと、同人は第一職場の主生産品である映写機の油ポンプの旋盤加工をしていたが、この仕事は昭和二十四年六月同一技能級(二級)の丸山三之助に移されたことを認めることができ、それ以上債権者に不利な事実は認め難い。右獲得分数の比較の対象とされたもののうち林田は今次整理により同職場で整理されたもので、その該当基準は(2)会社業務に協力せざる者(3)職務怠慢なる者(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者というのであるから(乙第九号証)榎本と同様であるか、右林田は獲得分数の点からのみこの判断を受けたものでないことは乙第五十七号証の一によつてうかがわれるから、榎本の獲得分数が同人よりも低いことから当然に榎本が右整理基準にあたるとすべき理由はなく、その余の二人のうち那須は残留者で考課表上の序列は一二位、丸山は整理によらず任意退職した者でその順位は三四位であり、同職場の整理者は第四三位以下一四名であるから、債権者榎本の獲得分数をたんに同一事情の者と比較しただけでは、他の残留者より劣つていることを疏明するに足りないこと前同様である。同人が休暇を全部費消した上(休暇の費消自体によつては不利益を受けるはずはない)事故欠勤が十一日あることは、一見職務怠慢、業務不協力を肯認せしめるもののようであるが、当時の会社における賃金遅払、分割払の状況は前認定のとおりであり、この間榎本は父を失い、母は脳溢血にたおれ、その看病治療代等の出費に苦しみ、内職等をしてこれをしのいだものであることがうかがわれ、欠勤はそのためであると推定されるところであり、しかも会社は整理基準として特に「事故欠勤多き者」との項目を設けながら、右債権者にはこれを適用しなかつたことをしんしやくすれば、これらの欠勤によつて同人を会社業務に協力しない者、職務怠慢なる者との基準に該当せしめるのは相当ではない。先に認定したように当時組合が生産闘争の体勢をとり、休暇の自粛、欠勤の防止をはかつていたことは右認定を左右するものではない。油ポンプの製作を丸山と交替した事情は、榎本が油ポンプを一年半の間に二九六個製作し、その間不良品はわずかに九個であつたというばかりでなく、油ポンプの製作には旋盤による工程のほか、他の工員のボール盤及びミーリングによる工程があり、右の不良品は誰の責に帰すべきかも分らないという事実から見ると、特に同人の技術が不良であつたためということは納得できない。これを要するに榎本が右(2)(3)の基準に該当することは認め難いところである。

次に同人の(10)その他経営効率に寄与する程度の低いものとの基準については、すでに同人につき余剰人員たるべきことを示す特段の事情は認められず前記認定の各事実を綜合しても特に同人が他の残留者より経営効率に寄与しないものとは認め難く、その他の補充的な特別の事実の認めるべきものもないから、この点の基準に該当するとなすことも失当である。第一職場において四名の旋盤工整理の必要があつたことは、榎本がそれに該当するとの理由にならないこと前と同様である。

(9) 債権者五十嵐郁夫。

債権者五十嵐の該当基準とされるもののうち(2)会社業務に協力せざる者(4)技能低位なる者(5)事故欠勤多き者との点について検討するに、乙第九号証、第十号証の十七、第二十号証の五、第二十二号証の三、五のイ第五十四号証、第五十七号証の一、第六十二号証、甲第二十、三十三、五十八、六十八、七十四号証の各記載をあわせると、同人は昭和二十四年五月検査工から転換した旋盤工で工作課第一職場に属し、前記のとおり今回の整理で旋盤工は工場全体で二七名、第一職場のみで四名が整理されることとなつたところ、同人は本来技能は二級であるが、転換者であるため三級者並とされ、しかも責任分数は転換者えの保証的意味から三級者の〇・三に相当する二、〇〇〇分とされていたこと、右本人の獲得分数の実績は四、〇〇〇分で責任分数を超えていたが、同職場の転換工森山基は五、〇〇〇分でその他の転換者もその程度であつたこと、右五十嵐には昭和二十四年四月から後に九日間の欠勤があることはこれを認め得るが、右欠勤の間「アカハタ」を売り歩いていたとの点その他右以上に債権者に不利な事実は認め難い。右比較に供された森山は同職場における考課表上の序列は第二一位であつて、同人に比べれば右債権者の獲得分数の低いことは明らかであるが、ともかく責任分数の二倍に相当する実績を上げていることからすれば、これをもつて技能低位とすることは困難であるのみでなく、他の残留者より劣るものかどうかについては明らかでない。またその欠勤日数をもつて事故欠勤多き者となすには、当時の会社における賃金遅払の状況を考慮すべきもので、しかもその考課表における勤怠としての評価は甲下であり、かつ他の残留者との比較を欠いている点からすれば、これをもつて直ちに事故欠勤多きものとの基準に該当せしめるのは相当でない。債務者側はその疏明において、同人が会社業務に協力せざる者として、昭和二十四年九月上田工作課長兼第一職場長が第一職場の作業を巡視中、同人が突然作業を中止して課長の前に立ふさがり、給料を支払えと連呼してその行動を妨げたことを指摘しているが、当時会社の賃金支払の遅怠は明らかであり、たまたまこれを請求した者の言動に多少はげしい調子があつたからといつて、これをもつて会社業務に協力しない者として整理基準に該当せしめることは不当である。また前示昭和二十四年五月二十日のビラはりをもつて会社業務に協力しない者としているが、この事実はさきに工場秩序を乱す者との点について示した如く、債権者石橋、横山以外は不問に付せらるべきものと解するのを相当とし、会社も債権者五十嵐についてはこれを工場秩序の基準に該当せしめていないのであるから、これをあらためて右会社業務に協力しないとの事実に数えるのは相当でない。すなわち五十嵐には右三個の基準該当を肯認すべき資料はないものというべきである。

次に同人の(9)業務縮少のため適当の職なき者(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者との基準についてはすでに同人がその職場における余剰人員であることが認められず、前認定の同人の各事実を綜合しても特に残留者より経営効率に寄与しないものとは認め難く、その他に特段の補充的事実も明らかでないから、右各基準に該当することを認め得ない。

(10) 債権者中本ミヨ(旧姓小西)

債権者小西の該当基準とされるもののうち(2)会社業務に協力せざる者との点について検討するに、乙第九号証、第十号証の三、第二十号証の三、第二十二号証の三、四、第四十六号証、第五十七号証の一、第六十二、六十七号証、甲第十七、三十、七十二号証の各記載をあわせると、小西はもとトレース工であつたが、昭和二十四年五月検査工に転換し、技術課検査係に属していたが、昭和二十四年十月従来の検査係を廃して検査工は直接部門である工作課の各機械職場に附属させることとなり、従来五四名の検査工は三三名に減ぜられ、内二名はミシンの直接工に転換し、残りの一九名が整理されることとなり、小西は当時第四職場の部品検査係であつたが、同職場の検査工は一一名を七名に減ずることとなつたことを認め得るが、前記工場秩序を乱す者との基準について検討したもの以外には特に同人につき会社業務に協力しない者との具体的事実をうかがい得ない。右乙号疏明のうちには小西が第四職場の残留検査工松井正直、小塚靖夫、布施藤衛、浅見栄吉、浜田忠夫、橋本賢治、吉田義弘らより技能、努力、勤怠で著しく劣つている旨並びに同職場の整理者中島司、梅田勉、岩瀬金一、藤野信博、小林重美らがいずれも小西より技能、努力、勤怠において上位である旨を示すものがあるけれども、たんに考課表の記載を引用するに止まるものと思われ、その判断の正当性を基礎付ける具体的資料は見出し得ないから、これのみをもつて小西の成績を認容し得ないこと考課表の場合と同様である。小西が職場をはなれることが多く未検査の部品が山積する状態であつたとの疏明は採用しない。

同人の(8)配置転換困難なる者(9)業務縮少のため適当な職なき者(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者との基準については、同人が職場の余剰人員たることの疏明がなく、前記工場秩序を乱す者との基準について検討したもの以外その余の補充的な事情も発見し得ず、個々の行為としては工場秩序を乱す者とするに足りない前記の各事実を綜合してみても、特に同人が他の残留者より事業の経営効率に寄与する程度が低いとは断定し難く、結局右(8)(9)(10)のいずれにも該当し得ないものといわなければならない。

(11) 債権者荒島敏子。

債権者荒島に対する該当基準とされるもののうち、先ず(2)会社業務に協力せざる者との点について検討するに、第九号証、第十号証の二十、第二十号証の二、第二十二号証の三、四、第五十七号証の一、第六十二号証、甲第十八、三十一、六十五、八十六号証の各記載によれば、同人は昭和二十二年九月検査工として入社後検査事務所から運転検査係に移り、さらに第四職場附検査工に転換したものであるところ、第四職場における整理後のあり方は右債権者小西について述べたところと同じく、検査事務所は事実上解散することとなり、多年の経験ある検査事務者も整理しなければならなくなつたことを認め得るが、同人につき前記工場秩序を乱す者との基準について検討したもの以外に特に会社業務に協力しないとの具体的事実は見出し得ない。乙号疏明中同人が第四職場の検査工残留者及び整理者のいずれにも技能、努力、勤怠で劣つているとするもののあることは右小西の場合と同じであるが、これのみをもつて判断し得ないことも前同様である。

その余の(8)配置転換困難なる者(9)業務縮少のため適当の職なき者(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者との点については、同人が職場における余剰人員たることを認めるべき事情のないこと前記のとおりであり、その余の補充的事実としては同人の経験が少いことをあげ得るけれども、同様の検査工で同人より年令も若く経験も乏しい増田とし江がミシン検査に配転して残留していることがうかがわれるから、荒島の経験未熟を特に右(10)の基準に当るものとすることはできない。前記個々の行為としては工場秩序を乱す者との基準に該当しない前認定の各事実を綜合してみても、特に同人が他の残留者より経営効率に寄与する程度が低いとは断定し難く、その他の事情は特に認めるべきものがないから、結局右(8)(9)(10)の各基準をも適用し得ないものという外ない。

(12) 債権者斎藤トク。

債権者斎藤に対する該当基準はたんに(8)配置転換困難なる者(9)業務縮少のため適当の職なき者(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者とされているのであるが、整理基準の(1)ないし(7)に直接該当しなくてもその他の補充的事実によつて右(10)に該当すると解すべきものがあり得ることは前記のとおりであるところ、乙第九号証、第十号証の十三、第二十号証の一、第二十二号証の三、四、第四十三号証、第五十七号証の一、第六十二号証、甲第二十二、三十五、七十一号証の各記載によると、同人は間接部門である営業課事務員であつて、同課製品庫で製品の元帳及び出庫票、月報等の事務をとり、忙しい時は製品の梱包や油付もしていたのであるが、今回の企業整備によつて製品記帳の事務は著しく簡素化され、製品の梱包は原則として得意先持となつたため、製品庫の在籍者六名を二名に減少し四名を整理することになつたが(在籍者は七名であつたが一名は任意退職した)残留者戸室政治外一名の二名はいずれも斎藤より先輩であること、今回の整理では間接部門の事務関係者は大巾の縮少となり約五〇%整理され、営業課においても全員二六名中一三名が整理されることとなり、真崎、槌谷、小田、大浦、島田ら学歴経験等において斎藤よりすぐれた者も整理の対象とされざるを得ないこと、斎藤は昭和二十四年十月二十五日当時において約二カ月遅れた同年八月二十五日迄の伝票を整理していたに過ぎないことが認められるから、これによれば考課表記載の評価は必ずしも根拠のないものといえず、同人は全体として営業課及び製品倉庫係の残留者に比して成績が劣つていたと認めざるを得ないから、これらの事情からして同人が結局事業の経営効率に寄与する程度の低い者との基準に該当することはやむを得ないところであり、右(8)(9)の基準にも該当することとなる外はない。

四、整理基準該当の有無と不当労働行為の成否。

(一)  前記各疏明資料及び乙第二十六号証によれば債権者中本、石橋、高田、横山、上野、森山、榎本、五十嵐、小西、荒島らが従来組合執行委員、職場委員あるいは婦人部役員等として日頃活溌な組合活動をなし、殊に前記賃金遅払の下において保証給の要求、遅払の解消等についてはむしろ組合執行部の統制以上に会社に対し強力執拗な交渉を続け、相結束して行動して従業員に対し強い指導力影響力をもつており、ついに、昭和二十四年八月二十日本件整理計画の直前には当時の組合執行部がその態度なまぬるしとして一般の支持を失い、総退陣したあとは、あらたに組合長中本、副組合長石橋、執行委員小西、森山、榎本外三名が選任されて、組合執行部は債権者らによつて占められるにいたり、爾来債権者らが今回の整理に反対して組合運動としてさらに活溌な活動を展開して来たことをうかがうことができる。

(1) 会社は債権者森山、榎本、五十嵐、小西、荒島につきそれぞれ前記のような整理基準に該当するものとして解雇の意思表示をしたが、これがいずれもすでに判断したようにその基準に該当しないものと認められる以上、これに右債権者らの活溌な活動と組合の状況をにらみあわせ、特に甲第四十三号に見るように組合専従者八名全員が整理されていることとをあわせ考えると、会社が本件人員整理を機会に、右債権者らが組合役員たることを欲せずその組合活動を事由として、右解雇をしたものと一応推認されるのもやむを得ないところといわなければならない。してみれば右債権者らに対する解雇の意思表示は労働組合法第七条に違反しその効力を生じないものと断ぜざるを得ない。

(2) 会社は債権者中本、石橋、高田、横山につきそれぞれ前記のような整理基準に該当するものとして解雇の意思表示をしたが、本件弁論の全趣旨によれば「工場秩序を乱す者」との基準はその整理規準の第一順位にあり、会社において最も重要視していたものとみられ、およそ多数の労働者を使用して一定の方針に従つて企業を営む工場にあつては、従業員が職場規律に服し工場秩序を守つて整然と作業に従事するのでなければ、よくその目的を達し得られないのであるから、会社が従業員に対し工場秩序の維持を最も強く期待するということは当然であつて、前記のように右債権者らがこの基準に該当するものと判断され、それによつて自然他の(8)(9)(10)の各基準に該当するものとされ、解雇に値する事由があると認められる以上は、会社は一応これをもつて解雇の主たる理由としたものと推認すべきものである。右推認を排して会社が同人らを人員整理に名を借りて実はその活溌な組合活動の故に解雇するものであることを認めしめる疏明は十分でない。しからば右債権者らについては会社の不当労働行為は成立しないものという外はなく、その解雇を無効とすべき理由はない。

(3) 会社は債権者上野について前記のように整理基準に該当するものとして解雇の意思表示をしたが、同人については(1)工場秩序を乱す者との基準以外は、すべて右整理基準に該当すると認めるべきこと前示のとおりであるから、会社はこれを解雇の主たる理由としたものと推認すべきものである。右推認を排して会社が同人を人員整理にことよせて実はその活溌な組合活動の故に解雇するものであることを認めしめる疏明は十分でない。同人については会社の不当労働行為は成立せず、その解雇を無効とすべき理由はない。

(二)  債権者佐藤、斎藤については前記疏明資料によるも注目されるほどの組合活動をしていた事実は認められないので、会社の不当労働行為の意思を推測するに由なく、他にこれを認めるに足りる疏明はないので、同人らの不当労働行為の主張は採用の余地がない。

五、債権者らの従業員たる地位。

債権者森山、榎本、五十嵐、小西、荒島に対する会社の解雇は無効であり、同人らは会社の従業員であり、その後前記のように債務者会社に雇傭関係が承継されて現に債務者会社の従業員たる地位を有するものといわなければならない。債権者中本、石橋、高田、横山、上野、佐藤、斎藤については、いずれも整理基準に該当する事実があり、その解雇は正当であるから、右解雇の意思表示は期限の到来をもつてその効力を生じ、同人らは会社の従業員たる地位を失つたものといわなければならない。

第五、仮処分の必要

債権者森山、榎本、五十嵐、小西、荒島らが債務者会社を唯一の職場とし、その賃金によつて生活を維推していることは、前記各疏明資料によつて推認し得るところであるから、かような事情の下においては、解雇が無効であるに拘らず、本案判決の確定にいたるまで解雇されたものとして賃金の支払その他従業員としての待遇を停止されることは、著しい財産上の損害であり精神的苦痛も甚大であることは多言をまたないところである。

第六、仮処分取消事由の主張。

債権者は本件につき仮処分取消の事由あることを主張して、本件仮処分の許すべからざることを主張するので、この点につき判断する。

一、債務者会社の損害の方が大であるとの主張について。

債務者は、本件仮処分決定があつて債権者らが会社に復帰するや、会社側職員、引きつづき債務者側職員に対し、不穏の言動をし、事毎に闘争的態度を示しているのみでなく、出勤率もきわめて悪く、債権者らの復帰が債務者会社の従業員全体に与える影響は甚大なものがあり、せつかく向上して来た生産が再び低下するおそれが多分にある、従つて本件仮処分の認容によつて生ずる債務者会社の損害は、右仮処分が許されないことにより債務者らがこうむるべき損害に比しはるかに大であるから、本件仮処分を取消すべき特別の事由があり、これを異議の事由としてあわせ主張するといい、前記疏明資料と乙第三十九号証、第四十号証の一ないし九、第四十二号証の一ないし十二、第五十七号の五をあわせれば、債権者森山、榎本、五十嵐、小西、荒島らが工場復帰後ビラまき等により活溌な政治活動をし、出勤率も他の従業員に比し概して不良で、工場幹部に数回にわたつて執拗な交渉をしたことなどが見え、これが債務者会社の業務運営に影響なしとしないことはうかがい得られるけれども、他方乙第二十二号証の五、及び前記各疏明資料によれば、債権者らは現に組合から除名されており、一般従業員とは別個の行動をとることが多い事情が認められるから、債権者らの復帰後の働きかけがどの程度一般従業員に影響をもつかは疑問であり、結局債務者会社に民事訴訟法第七百五十九条の特別事情と認められるような甚大な損害を与えているものとするには疏明が十分でないとしなければならない。

二、停止条件附懲戒解雇により仮処分の要はなくなつたとの主張について。

次に債務者は、債権者らは昭和二十五年一月十八、十九の両日、裁判所の許可を得て全従業員の考課表を閲覧するや、会社幹部らより公表しないよう厳重な注意があり、これを諒承したのに拘らず、人事極秘の取扱たるべき右考課表の記載内容を各課各職場毎に一覧表に作成し、富士産業荻窪工場失業反対同盟の名義で謄写印刷し、これを同月二十五日から二十九日までの間工場正門前において全従業員に配付するという暴挙をあえてした、会社はこれを就業規則第四十条第四号に該当する行為と判断していたが、原決定によつて債権者らの地位が仮りに保全されたので、昭和二十五年七月二十日債権者らに対し、本案訴訟において会社の債権者らに対してした昭和二十四年十一月十二日附解雇が無効たることが認められ、その判決が確定することを停止条件として懲戒解雇に処する旨意思表示をし、その頃債権者らに到達した、従つて債権者らが本案の裁判において従業員たる地位が確定するときは当然懲戒解雇されることになるから、仮処分の必要はもはや存しないものであると主張する。右事実のうち債権者らが考課表を謄写配付し、これを理由に会社が右のような条件附懲戒解雇の意思表示をしたことは債権者らの認めるところである。かような意思表示が将来右債権者らの雇傭関係を消滅させる場合のあることは首肯し得られるが、右本案訴訟において会社あるいは債務者が敗訴し確定するまでは、右解雇はその効力を生じないのであり、これをもつて債権者らの被保全権利がすでに消滅したとなすことを得ないのはもちろんである。債権者らが本案訴訟において勝訴に確定すれば、前記解雇の意思表示が効力を生ずべき関係にあることは明らかであるが、これは本案訴訟が会社あるいは債務者の敗訴に確定後あらためて解雇の意思表示をする場合と異なることはなく、この場合は仮処分はその目的を達し爾後その必要がなくなるものであるが、これは本案訴訟の判決確定によるもので解雇の意思表示の有無によるものではなく、これをもつて本件仮処分の必要性を左右するものではない。しかのみならず、債権者らの従業員たる地位が、仮りに本案訴訟の判決確定後直ちに消滅するものとしても、その消滅までは、それまでの時間の長短に関係なく、現在仮処分の必要があるかどうかを判断すべきものである。この点の債務者の主張は理由がない。

第七、結論

しからば債権者森山、榎本、五十嵐、小西、荒島については同人らが現に債務者会社の従業員たる地位を有し、雇傭関係があること及び仮処分の必要あることの疏明があるものというべく同人らの仮処分申請を認容して仮りに同人らが債務者会社の従業員たることを定めるべきものであり、その余の債権者中本、石橋、高田、横山、上野、佐藤、斎藤については同人らが現に債務者会社の従業員たる地位を有することの疏明を欠くから、その余の点について判断するまでもなく、同人らの仮処分申請は理由なしとして却下すべきものである。東京地方裁判所が昭和二十四年六月三十日にした仮処分決定は、債権者森山、榎本、五十嵐、小西、荒島に関する部分については債務者とあるのを債務者の前主富士産業株式会社と変更した上これを認可し、その余の債権者中本、石橋、高田、横山、上野、佐藤、斎藤に関する部分は取消すべきものである。よつてこれと異なる原判決を右の限度で変更することとし、債権者中本、石橋、高田、横山、斎藤の本件控訴は理由のないものとして棄却し、債務者の債権者森山、榎本、五十嵐、小西、荒島に対する本件控訴は理由のないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第七百五十六条ノ二を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

〔第一表〕

氏名

入社年月日

昭和年月日

職場

組合関係

中本静

21、3、5

工作課第四職場

仕上工ブロツク長

職場委員二回、執行委員二回、今次闘争に組合長

石橋義治

21、3、13

工作課第四職場

施盤タレツト工

青年部設立、執行委員、職場委員、書記長、今次闘争に副組合長

高田義盛

21、3、13

工作課第四職場

フライス工

職場委員、給料遅配闘争に活躍

横山行雄

20、12、15

工作課第四職場

施盤タレツト工

青年部幹事、職場委員、執行委員、闘争委員、職場闘争委員長

上野光一

20、11、26

工作課第三職場

施盤工

青年部幹事、青年部長、職場委員、今次闘争に職場闘争委員

久保宗雄

21、6、5

工作課第三職場

施盤工

職場委員二回、執行委員三回、連合会中央委員、今次闘争に中央執行委員

佐藤三和雄

21、1、7

工作課第三職場

研摩工(刃研)

給料遅配闘争に積極的に活躍

森山弥三郎

21、1、19

工作課第二職場

フライス工ブロツク長

職場委員三回、今次闘争に常任執行委員

榎本三郎

21、3、11

工作課第一職場

施盤工

職場委員二回、今次闘争に常任執行委員

五十嵐郁夫

21、4、1

工作課第一職場

施盤工

職場委員二回、執行委員一回、大会職場大会に強力発言

小西ミヨ

(中本と改姓)

21、1、28

技術課検査係

検査工

青年婦人部設立、婦人班長、職場委員、執行委員、今次闘争に宣伝、教育、青婦対策部長

荒島敏子

22、9、19

技術課検査係

検査工

婦人部委員、青婦対策委員、青婦協議会副責任者

斎藤トク

21、8、16

営業課事務員

青年婦人部幹事、青婦対策部連絡委員、職場委員代理

〔第二表〕

氏名

職場

技能

作業に対する努力

勤怠

業務に対する協力性

職場における重要度

応用力

職場規律

健康状態

総評

序列順位

基準該当

中本静

工作課第四

一六三

(1)(3)(4)(8)(9)(10)

石橋義治

一六二

(1)(2)(3)(9)(10)

高田義盛

一六一

(1)(2)(3)(4)(9)(10)

横山行雄

一五八

(1)(2)(3)(4)(8)(9)(10)

上野光一

工作課第三

九一

(1)(2)(3)(9)(10)

久保宗雄

九〇

(1)(2)(3)(9)(10)

佐藤三和雄

七七

(3)(8)(9)(10)

森山弥三郎

工作課第二

四五

(1)(2)(8)(9)(10)

榎本三郎

工作課第一

五一

(2)(3)(10)

五十嵐郁夫

甲下

五五

(2)(4)(5)(9)(10)

小西ミヨ

(中本と改姓)

技術課

戊下

五三

(9)(10)(1)(2)(8)

荒島敏子

五二

(9)(10)(1)(2)(8)

斎藤トク

営業課

二六

(8)(9)(10)

但し、基準 (1) 工場秩序を乱すもの

(2) 会社業務に協力せざるもの

(3) 職務怠慢なるもの

(4) 技能低位なるもの

(5) 事故欠勤多きもの

(6) 出勤常ならざるもの

(7) 病気による長期欠勤者

(8) 配置転換困難なるもの

(9) 業務縮少のため適当な職なきもの

(10) その他経営効率に寄与する程度低いもの

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